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東京地方裁判所 昭和28年(タ)219号 判決

本籍

長崎県南高来郡千々石町乙三百九十三番地

住所

東京都港区芝白金今里町二十五番地

原告

西尾享俊

右訴訟代理人辯護士

永島九皐

本籍

朝鮮平安北道寧辺郡寧辺面西部洞四百二十七番地

日本に於ける最後の住所

なし

被告

朴文玉

本籍

右に同じ

日本に於ける最後の住所

なし

被告

朴金氏

右当事者間の、昭和二十八年(タ)第二一九号親子関係不存在確認請求事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、被告両名と原告との間に親子関係の存在しないことを確認する。

二、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告は、

主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は戸籍に、被告両名間の二男として記載されて居るが、これは事実に反する記載であつて、事実は、訴外山田源治と訴外西尾サヲ間の子である。

二、右訴外西尾サヲは、明治三十二年頃、その夫訴外西尾中太郎と共に、朝鮮平安北道寧辺郡に渡り、同地に於て、旅館業を営んで居たが、明治三十四年頃、右訴外西尾中太郎は他の女性と通じ、相携へて右訴外西尾サヲの許を立去り、その所在をくらましたので、右訴外西尾サヲは、当時、同地に移住して来た訴外山田源治と関係を結び、その結果姙娠して明治三十六年九月五日、原告を分娩した。

三、然るところ、右訴外西尾サヲは、夫たる前記訴外西尾中太郎の帰来を恐れ、前記訴外山田源治と相謀り、原告を、当時右訴外西尾サヲの使用人であつた被告等夫婦の子として届出でることとし、その旨を被告等夫婦に依頼し、被告等は之を承諾して原告を、被告両名間に出生した二男として、その出生届を為した結果、原告は、その戸籍に、被告両名間の二男として記載されるに至つたものである。従つて、原告は右訴外西尾サヲと訴外山田源治間の子であつて被告両名とは親子の関係はない。

四、その後、原告は右訴外西尾サヲ及びその養女西尾たけと婿養子縁組婚姻を為し、昭和十年一月二十一日、その届出を了して、右西尾サヲの戸籍に入籍し、現在に至つて居る。しかしながら、原告は、右訴外西尾サヲの真実の子であり、従つて朝鮮人ではなく、日本人であるから、真実の関係を戸籍に表示し、且真実の日本人として生活を為し度く、その為めには戸籍の訂正を要するので、本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

立証として、

甲第一、二号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用した。

被告等は、

公示送達による適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しない。

理由

一、親子関係不存在確認の訴は、その確認を求める者と、求められる者との間に親子関係と云ふ法律関係が存在して居ないと云ふ事実関係の存在することの確認を求めるものであるから、その確認を求める者にとつては、その事実関係の存在の確認を得さへすれば足りるのであつて、確認を求められる者に対する実質的な要求は、何等包含されて居らず、確認を求められる者が、その訴の相手方とされる理由は、唯形式的に親子関係があるとされて居る結果、その形式上の関係を具体的に示す為めに、且人事訴訟法が当事者主義的構造をとつて居る為めに、相手方として表示されるに過ぎないと解せられるから、(人事訴訟に於ても、当事者主義的構造がとられて居るが、それは訴訟法がその手続構成に於て、その構造をとつたに過ぎず、根本に於ては職権主義が支配するから、(これは判決の効果が絶対的効果を生ずる当然の帰結である)、一人訴訟の様に解したとて人事訴訟法の精神に反するものではない)、相手方とされた者に、日本国の主権が及ばなくとも、その確認を求める者に対し、日本国の主権が及びさへすれば、日本国の裁判所は、その訴に対し、裁判権を行使し得ると解するのが相当である。而して、その訴も、身分関係について、主権によつて、処理を求める一場合であつて、斯る身分関係の処理は、その処理を求める者が永続的に、その処理を求める主権に服することによつて、始めてその必要が生ずると解されるから、その処理を求める為にはその者が永続的に、その主権に服することを必要とすると云はなければならない。而して、この永続的に主権に服すると云ふ関係があれば、前記の通り、その身分関係の処理の必要が生ずるので、この場合に限り、日本国の裁判所は、その訴について裁判権を行使し得るとなすべきである、(又永続的に主権に服すると云ふ事実関係があれば、判決の既判力は、永続的に存続するから、その身分関係の処理は、永続的に存続すると云ふ結果になる。)尚、永続的に、主権に服すると云ふ関係は、その主権の及ぶ範囲内に永続的に居住すると云ふ基本的な事実関係の上に成立するものであるから、永続的に主権に服すると云ふ関係が成立する為めには、右の基本的事実関係の成立を必要とする。以上の理由によつて、親子関係不存在確認の訴については、その確認を求める者即ち原告に右の基本的事実関係の成立する限り、日本国の裁判所は、その裁判権を行使し得ると云ふべきである。

二、被告等が現在生存して居るかどうかについては、之を明かにする何等の証拠もないのであるが、死亡したと云ふ確認も全くないので、原告の利益の為め、生存して居ると推定するのが相当である。而して被告等が朝鮮人であつて、現在北鮮に居住し、(原告本人尋問の結果によつて推定)日本国の主権が被告等に及ばないことは、公文書である甲第一号証(戸籍謄本)と原告本人尋問の結果とによつて、明白であるが、原告が永住の意思を以て、終戦後日本国に渡来し、爾来、日本国内に居住し、現に肩書住所にその住所を有することが、原告本人尋問の結果によつて認められるので、本件については、前記理由によつて、日本国の裁判所はその裁判権を行使し得る。

三、本件に於ける確認の対象は、法律関係が存在しないと云ふ事実関係の存在であつて、法律の適用によつて、処理されるべき実体はないから、本件については、準拠法の問題は生じない。従つて、本件については、法例の適用はない。

四、公文書である甲第一号証(戸籍謄本)、同第二号証(証人西尾サヲ尋問調書)と原告本人尋問の結果とを綜合すると、

原告が、戸籍に、被告両名間の二男(明治三十六年九月五日生)として記載されて居ること、しかし、それは真実ではなく、実際は、原告は訴外西尾サヲと訴外山田源治との間に生れた子で、次の様な事情によつて戸籍に右の様に記載されるに至つたものであること、即ち、右訴外西尾サヲは、明治三十二、三年頃、夫西尾中太郎(大正九年七月十九日死亡)と共に朝鮮に渡り、旅館業を営んで居たが、明治三十三、四年頃、右訴外中太郎が、他の女性と関係を結び相携へて南洋に出奔したので、前記訴外サヲは前記訴外山田源治と関係を結び、その結果、原告を懷胎して明治三十六年九月五日、之を分娩したこと、しかし、私通関係によつて生れた子であつた為め、当時、右訴外サヲの使用人であつた被告等夫婦に依頼して、被告両名間の二男として、その出生の届出をして貰つたこと、その結果、原告が戸籍に被告等両名の二男として記載されるに至つたこと、及び原告がその後右訴外西尾サヲとその養女訴外たけと婿養子縁組婚姻を為し、原告主張の日にその届出を了し、(但し、原告は昭和十九年八月二十二日、右訴外たけと協議離婚した)、右訴外サヲの家籍に入籍し、現在に至つて居ること、而して、真実が右の通りであるに拘らず、戸籍に前記の様な記載がある為め、原告が日本人として、日本で生活するについて、種々の困難を生じ、戸籍訂正の必要上本件訴を提起するに至つたこと、

を認めることが出来る。

五、右認定の事実に徴すると、原告と被告両名との間に、親子関係のないことが明白である。

而して、戸籍の記載が真実と相違して居る以上、之を真実と合致させる為めにその訂正を為す必要のあることは勿論であつて、(のみならず、原告がその現実の生活に於て、その訂正の必要に迫られて居ることも、前記認定の通りである)、而も、その訂正は、身分関係に重大な影響を及ぼすものであるから、判決によつて、之を為さねばならないから、確認の利益あることは多言を要しない。

六、従つて、原告の本訴請求は理由があるから、之を正当として認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

東京地方裁判所民事第一部

裁判官 田中正一

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